劇場空間の足跡
舞台美術はなくても上演出来るとよく言われます。確かになにもなくても上演できます。しかし、上演する場所は必要です。どこでもいいわけではありません。上演したい作品に合う空間や場所が必要です。本当の意味で、何もなくては上演出来ないのです。劇場という空間があるからこそ沢山の作品が生まれます。ただ、悲しいことに劇場空間にも寿命があります。様々な理由で消えていきます。記憶に留める必要のある劇場空間を紹介すると共にその劇場空間でどのような舞台美術が上演されてきたのかという”あしあと”をたどりましょう。
-
株式会社俳優座劇場(1953年設立)が運営をおこなった劇場。劇団俳優座創立10周年事業として開場。劇団俳優座のみならず数多くの劇団の上演の場となった。初代社長は舞台美術家の伊藤熹朔。俳優座劇場から誕生した自社...
-
劇団『椿組』の「夏の風物詩」と言われた東京都新宿区、花園神社での野外劇場。
「俺たちの遊び場は俺たちで創る」をモットーに野外劇・時代劇を中心とした雄大なスペクタクル・ロマン劇を目指し、花園神社で... -
俳優座スタジオ(はいゆうざすたじお)は、六本木の俳優座劇場ビル5階にあった多目的スペース。基本的には劇団俳優座の「稽古場」として機能していたが、実験的な公演(LABO公演)や若手公演、演劇研究所の発表会、...
-
築地小劇場(つきじしょうげきじょう)は、土方与志と小山内薫が1924年(大正13年)6月13日に開設した新劇の常設劇場である。また、劇場付属の劇団の名称でもあった。
所在地は、東京府東京市京橋区築地2丁目... -
こまばアゴラ劇場(こまばあごらげきじょう)は東京都目黒区にある小劇場。劇団青年団の主宰である劇作家・演出家の平田オリザが支配人(オーナー)兼芸術監督を務めた。