舞台美術の資料を蓄積し、後世に舞台芸術文化を繋いでいくデジタルアーカイブです
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石井 強司/私はだれでしょう
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浪速 浪速短期大学学報No.209
道具帳=Scenography考 ―名は体をあらわす― 舞台装置は本来、実際に組み立てる大道具そのものではなく、空間や情景を構想し可視化する設計・表現行為であるにもかかわらず、日本では用語と役割が混同されてきた。著者は、江戸期の歌舞伎における「道具帳」が、現代で言うセノグラフィーに相当することを示し、「描く人」と「作る人」は本来別の専門である
浪速 浪速短期大学学報No210
舞台における「絵ニナル」という感覚を軸に、能・歌舞伎・舞踊から近代演劇まで、演技・身体・空間・衣裳・道具が一瞬の構図として視覚化される重要性を論じている。
浪速 浪速短期大学学報No211
演劇における演出家とスタッフの人間関係を歴史的にたどり、かつては演出家がいなくても芝居は成立していたことを示す。近代以降、演出家が中心的存在となった一方で独裁的になりがちな問題を指摘し、スタッフとの信頼と協働が舞台創造には不可欠だと結論づけている。
浪速 浪速短期大学学報No212
舞台における〈見あげる/見おろす〉という視線の関係に注目し、観客と演技者の位置関係が舞台表現に大きな意味を持つことを論じている。劇場の構造、舞台床の傾斜や階段は「よく見せ、よく見える」ための工夫であり、同時に人物の力関係や心理を象徴する装置でもある。
浪速 浪速短期大学学報No213
戯曲における場所・人物・時間(三つのW)と情感(F)が舞台空間=トポスを成立させる条件だと論じている。舞台上の「モノ」は無言でも時間や運命を帯び、人物とともに劇的な意味を生む存在になると結論づけている。
浪速 浪速短期大学学報No214
舞台装置における省略と簡略化の知恵を論じ、限られた条件の中でこそ想像力を喚起する美が生まれると説く。無駄を削ぎ落とし、必要最小限を見極めることで、舞台表現はより自由で豊かなものになると結論づけている。
浪速 浪速短期大学学報No215
日本文化における美意識「いき(粋)」を、格子・縞・垂直線と水平線という造形原理から読み解く試みである。とくに衣服(着物)・都市空間・建築・舞台装置・生活道具などに共通して現れる視覚構造を通して、「いき」が単なる感覚的・感情的な価値ではなく、社会構造・身体感覚・空間認識と深く結びついた形式的原理である
新劇界No.6
舞台美術家として訪れたパリでの三日間を通し、**文学・演劇・美術の記憶と実際の都市風景を重ね合わせる「追認の旅」**を描いている。街並みや人々、劇場空間との出会いから、舞台美術の原風景は体験と記憶の蓄積によって形づくられると示している。
中国の舞台美術
中国の舞台美術家・研究者たちが参加した全国規模の理論座談会の記録であり、中国舞台美術を「技術」ではなく演劇を構成する思想・表現言語として整理・共有している。
武蔵野美術大学研究紀要17号(1986年)
視覚と認識に関する研究 ― つくば科学万博'85における景観調査 ―